第9話 雨上がりの包囲網
倉庫街で姿を現した三人組。
九重たちは一気に包囲へ踏み込むが、殺人を立件できる証拠はまだ揃わない。
これは“追い詰めるだけの対峙”──最初の壁が彼女たちの前に立ちふさがる。
本編
倉庫の屋根を叩く雨音が、急に強くなった。
九重が目を向けた先で、若い三人組の一人が、奥の扉へ身を滑らせようとしている。
「未来、北側を塞いで」
「了解!」
未来の足音が濡れたアスファルトを駆ける。
「佐野、裏手の階段。逃げ道はそこよ」
「任せとけ!」
網を絞るように、三方向から包囲が縮む。
雨は視界を奪い、足跡を消し、敵にも味方にも平等に降り注いだ。
「動くな!」
佐野の声が響く。
倉庫裏の細いスペースに追い込まれ、フードの若者が立ち止まった。
九重がゆっくりと距離を詰める。
相手の手元、呼吸、視線、全てを見逃さない。
「あなたたちが東雲さんを追っていた理由。答えてもらえる?」
雨粒が九重のコートの肩を濡らす。
「……知らねぇよ。アイツが勝手にこっちに関わってきたんだ」
「勝手に?」
「ああ。しつこく後をつけてきたのは、あいつの方だろ」
九重は目を細めた。
証言と一致する部分もあれば、矛盾する点もある。
しかし、ここで詰めるには決定的な材料が足りない。
その時、扉の奥から二人の若者が姿を現した。
三人組の残りの二人だ。
何かを警戒するように九重たちを見据えている。
「おい、戻れ!」
一人が叫ぶ。
フードの若者はわずかに動揺した。
「銃は持ってるの?」
九重はあえて静かな声で訊いた。
「答えて。持っているなら、今すぐ地面に置きなさい」
「……持ってねぇよ。そんなもん」
言葉とは裏腹に、彼のポケットは不自然に重たく膨らんでいた。
しかし、抜き出す気配はない。
むしろ──“見せない”ように振る舞っている。
その判断を見た瞬間、九重は悟った。
――ここでは逮捕できない。
銃器密売の証拠はまだ状況証拠にすぎない。
殺人の証拠は皆無。
目の前で押収できる物的証拠もない。
「……今日はここまでにしておくわ」
九重は一歩引いた。
未来と佐野が驚いたように振り返る。
「引くんですか!?」
「証拠が足りない。ここで無理に押せば、逆に逃がす」
三人組の若者たちは、警戒を解かないまま後退し、倉庫の奥へ姿を消した。
「くそ……あと少しだったのに」
佐野が悔しげに吐く。
「あいつら、絶対何か隠してるだろ」
「隠してるわ。だけど、それを立件する段階じゃない」
未来が息を整えながら言った。
「じゃあ……どうするの?」
「探すのよ。東雲さんが遺した“本当の証拠”を」
九重は雨に濡れた空を見上げた。
雲の切れ間から薄い光が差し込む。
「殺人と密売。どちらか一つでは届かない」
「でも──二つ揃えば、必ず落とせる」
その声には、静かな決意が宿っていた。
雨が止んだ倉庫街に、わずかな風が戻ってくる。
第一の対峙は終わり、物語は次の段階へ進み始めていた。