第11話 沈黙の隙間
揃ったのは、銃器密売の証拠だけ。
取調室で交わされる言葉の中に、九重は“殺し”へ繋がる違和感を見つける。
本編
取調室の空気は、妙に乾いていた。
蛍光灯の白い光が、テーブルの傷を浮かび上がらせている。
向かいに座る若い男は、腕を組んだまま視線を逸らしていた。
倉庫街で確保した三人組の一人――仮に“C”と呼ばれている男だ。
「名前と年齢、もう一度」
九重が淡々と尋ねる。
「……二十二。無職」
「倉庫街には、何をしに行っていたの?」
「友達の手伝い。荷物運ぶだけっす」
佐野が資料をテーブルに置いた。
「この映像。君が箱を運んでる。中身は?」
「知らない。聞いてない」
「聞いてないのに、あんな慎重に扱う?」
男は一瞬、口を噤んだ。
別室では、未来と真壁が映像ログを再確認していた。
「この人、さっき『雨は嫌い』って言ってたよね」
「はい。『濡れるのが嫌だから』って」
「でもさ――」
未来は画面を指さす。
「東雲さんが追われた夜、彼、雨の中でフード外して走ってる」
「……本当だ」
真壁の声が低くなる。
「濡れるのを嫌がる人間の動きじゃない」
「それに」
未来は別のフレームを止めた。
「この時間帯。彼、現場付近に“二度”いる」
再び取調室。
九重は、男の前に一枚の写真を置いた。
「この夜、どこにいた?」
「……家っす」
「じゃあ、これは?」
写真には、雨の高架下を走る影が写っていた。
男の呼吸が、一瞬だけ乱れる。
「……似てるだけじゃないですか」
「似てる、で済ませるには」
九重は静かに続ける。
「あなた、さっき“雨は嫌い”って言った」
「……」
「でも、この夜は走ってる。フードも外して。それに、あなたは“銃を知らない”とも言った」
九重はUSBから切り出した静止画を差し出した。
「この箱。運び方、知ってる人間の手つきよ」
沈黙が落ちる。
秒針の音が、やけに大きく聞こえた。
男は、やがて小さく息を吐いた。
「……殺してない」
「それは、まだ聞いてない」
九重は視線を逸らさない。
「でも、あなたは“そこにいた”」
「……」
「殺したのが誰かは、まだ分からない」
「でも――」
九重は、はっきりと言った。
「この事件、銃だけじゃ終わらない」
男の指先が、わずかに震えた。
取調室を出ると、佐野が小さく息をつく。
「殺しの証拠は、まだだな」
「ええ」
九重は頷いた。
「でも、“嘘の形”は見えた」
「次は?」
「殺された探偵が、最後に何を掴んでいたのか」
「そこに、必ず“引き金”がある」
廊下の窓の向こうで、雨雲が再び集まり始めていた。