第14話 拾われなかった弾丸
「銃」と「殺し」の間にある、見えない矢印。
東雲が最後に向かった北側の旧駐車場で、九重は“拾われなかった一発”に辿り着く。
本編
会議室を出た瞬間、廊下の空気が冷たく感じた。
夜勤の照明は白く、床のワックスが薄い水面みたいに光っている。
「北側の旧駐車場……東雲はそこに行ったんだな」
佐野が、メモを見ながら確認する。
「行った、じゃない。行く必要があった」
九重は歩幅を落とさない。
「銃器密売の線から、わざと外れてる。だからこそ、殺しの線が落ちてる」
「落ちてる、って……」
真壁が首を傾げる。
「証拠は“拾われる”のが前提で残される。
でも、拾われないものが一つだけ残った時、そこに意図が出る」
九重は淡々と言った。
「行くわ。今夜のうちに」
北側の旧駐車場は、地図で見るより寂れていた。
商業施設の計画が潰れたまま、線引きだけが残っている。白線は剥げ、アスファルトはひび割れている。
雨は小降りだったが、風が湿気を押し付けて、街灯の光が滲んだ。
「ここ、現場検証入ってないのか?」
佐野が周囲を見回す。
「東雲は“銃器の現場”としては扱ってない。だから県警の線も薄い」
九重は視線を落とし、排水溝の縁にしゃがむ。
「……逆に言えば、手が届いてない」
真壁が懐中電灯を構え、光を落とす。
排水溝の格子の奥、濡れた落ち葉と泥の中に、金属が鈍く光った。
「……え?」
真壁の声がひっくり返る。
「弾頭……?」
未来が息を呑む。
「弾丸。撃たれた“結果”だ」
九重は手袋を嵌め、ピンセットで慎重に掬い上げる。
「しかも、雨に洗われてない。ここに引っかかったまま残ってた」
「……拾われなかったのか」
佐野が低く言う。
「拾えなかった、もある。でも、拾う気がある人間なら、排水溝の格子を開ける」
九重は弾頭を小さな証拠袋へ滑らせる。
「開けない理由がある。時間がないか、見落としたか、あるいは――」
「あるいは?」
未来が促す。
「“拾ったつもり”になってる」
九重は立ち上がり、駐車場の端を見た。
「弾丸を回収するなら、ここだけじゃない。弾痕か、跳弾の痕がある」
九重は街灯の斜めの光を利用して、地面の表面を舐めるように見た。
そして、ひび割れの間に残った、ごく浅い削れを指でなぞる。
「……ここ」
九重の声が少しだけ低くなる。
「金属が擦れた跡。跳ねて、排水溝に落ちた。撃った位置は――」
「この辺?」
佐野が、白線の切れ目を指す。
「近い。でも、“立った”じゃない」
九重は白線の外へ二歩ずれて言った。
「走りながら撃ってる。姿勢が崩れてる。だから弾道が荒い」
「……東雲が言ってた“走ってた”ってやつか」
佐野が小さく息を吐く。
「ええ。これで、言葉が証拠に近づく」
九重は真壁を見る。
「鑑識に回して。銃器密売で押さえてる個体と、線条痕が一致すれば、矢印が出る」
「でも、弾頭だけでいけますか?」
真壁が不安そうに言う。
「“いける形”にする」
九重は淡々と答えた。
「弾頭は入口。弾殻があれば確度が上がる。弾痕があれば状況証拠になる。映像があれば決定打になる」
未来が周囲を見回し、ふと視線を止めた。
駐車場の外れ、フェンスの向こうに、古い防犯カメラのポールが立っている。
「……あれ、死んでないよね?」
未来が言う。
「生きてるかどうかは、今から調べる」
九重はすぐに歩き出した。
「拾われなかった弾丸が残ってるなら、映像も“残ってる可能性”がある」
駐車場を出るとき、雨が少し強くなった。
だが九重は、コートの襟を上げるだけで足を止めない。
「……なあ」
佐野が追いつき、声を落とす。
「これ、向こうは気づいてるのか? 弾丸が一発、残ってたって」
「気づいてないなら、こちらが先に立件できる。気づいてるなら――取りに戻る」
九重は前だけを見て言った。
「だから、今夜が勝負になる」
雨音が、路面を叩く。
未解決の街は、また静かに濡れ始めていた。